2014年5月25日日曜日

有効核電荷とイオン化エネルギー

イオン化エネルギーとは、ある原子の最外殻電子を自由電子にするのに必要なエネルギーのことで、その電子のおおよそのエネルギーの目安になります。元々電子をN個持っている原子について、N個の電子をN-1個にするエネルギーを第一イオン化エネルギー、N-1個をN-2個にするエネルギーを第二イオン化エネルギー…といいます。
以下、イオン化エネルギーのことをIEと呼ぶことにし、第nイオン化エネルギーのことをIEnと書くことにします。

wikipedia からデータを引っ張ってきてみると、

リチウムでは、
IE1 = 520.2 kJ/mol
IE2 = 7298.1 kJ/mol
IE3 = 11815 kJ/mol
となっており、一般的にIE1は一番低い値となります。

イオン化エネルギーの見積もりに使える式としては、水素型原子の軌道関数から出されたエネルギー準位、
$$E_n = - \frac {Z^2me^4} {32\pi^2 \epsilon_0^2 \hbar^2 n^2} = E_H \left( \frac{Z}{n} \right)^2$$
があります。ここで、$E_H$は水素原子の基底状態のエネルギーで、1312 kJ/mol に相当します。

しかし、実際に、多電子が軌道に入ると、自分以外の電子による核の遮蔽が起こるので、有効核電荷というものを考えなければなりません。これは、遮蔽定数Sを用いると、
$$Z_{eff} = Z - S$$
と書けます。遮蔽定数が大きいほど、他電子による影響が大きいということになります。

この有効核電荷(遮蔽定数)の概算規則として、スレーターの規則があります:

A. 着目する電子より外側の軌道に関しては無視する。
B. 着目する電子と同じグループにあるほかの電子からの寄与は電子1つにつき0.35(例外として1s軌道のときだけ0.30)とする。
C. 着目する電子がsとpのグループにあるときは、主量子数が1小さい電子からの寄与を電子1個につき0.85とし、その他の内側の電子の寄与は電子1個につき1.00とする。

これで、リチウムの有効核電荷を求めてみると、$1s^22s^1$ですから、
$$Z_{eff} = 3 - 0.85*2 = 1.3$$
となります。これにより、第一イオン化エネルギーは、
$$IE1 = 1312 \cdot \left( \frac{1.3}{2} \right)^2 =  554 kJ/mol$$
となります。実測値が520 kJ/mol であることを考えると、なかなかの精度です。

しかしながら、フッ素で同様な計算を行うと、
$$Z_{eff} = 9 - (6*0.35 + 0.85*2) = 5.2$$
$$IE1 = 1312 \cdot \left( \frac{5.2}{2} \right)^2 =  5869 kJ/mol$$
となりますが、実測値は1681kJ/mol であり、あまり精度がいいとは言えません。

そこで、完全に経験的に、遮蔽定数の新規則と、多電子原子におけるエネルギーを考えてみました。

■遮蔽定数の新規則
A. 着目する電子より外側の軌道に関しては無視する。
B. 着目する電子と同じ主量子数 n をもつ軌道にいる他の電子からの寄与は、
電子1つにつき $ 0.7 - 0.02n $
C. 着目する電子よりも主量子数が1小さい軌道にいる電子からの寄与は電子1個につき 0.86とし、それよりも内側の電子の寄与は電子1個につき 1.13とする
D. p軌道において、着目する電子がいる軌道にもう一つ電子が入っているとき(スピン量子数以外の量子数の組が同じ電子がいるとき)、0.42を足す

これで計算をしてみると、リチウムの有効核電荷は、
$$Z_{eff} = 3 - 0.86*2 = 1.28$$
よって、第一イオン化エネルギーは、
$$IE1 = 1312 \cdot \left( \frac{1.28}{1} \right)^2 =  537 kJ/mol$$
となり、スレーター規則よりも実測値に近くなります。

■多電子原子におけるエネルギーの新式
さきほどの、水素型原子のエネルギー式
$$E_n = - \frac {Z^2me^4} {32\pi^2 \epsilon_0^2 \hbar^2 n^2} = E_H \left( \frac{Z}{n} \right)^2$$に少し修正を加えた、
$$E_n = E_H \left( \frac{Z-S}{n+0.25nl} \right)^2$$
を考えてみます。ここで、$l$は方位量子数です。

この新しい概算式でフッ素のIE1をもう一度求めてみますと、
$$Z_{eff} = 9 - (0.42 + 0.86*2 + 0.66*6) = 2.9$$
$$IE1 = 1312 \cdot \left( \frac{2.9}{2+0.5} \right)^2 =  1765 kJ/mol$$
となり、スレーターの規則を用いたより断然いい値になります。

この精度はヘリウムのような、エネルギー式を修正しない場合でも発揮します。
スレーターの規則では、$Z_{eff} = 1.7$ ですが、新規則では$Z_{eff} = 1.32$となり、
それぞれからIE1を求めると、3791, 2286 kJ/mol となります。
実測値は2372 kJ/mol ですから、新規則のほうがいい精度です。

■何が違うのか
1つ違いの軌道間による遮蔽増加は、0.85, 0.86 とほとんど同じ値になっています。
2つの規則で大きく違うのは、同軌道での遮蔽増加、p電子反発項の2つです。
同じ軌道での遮蔽増加は、スレーターでは0.35, 新規則では 0.68 程度です。
この約2倍の違いが何の差を表しているのかは、ちょっとわかりません…。

そこで、おそらく、より妥当には、新規則を有効核電荷近似規則とするのではなく、
スレーターの規則によって求められた有効核電荷をさらに弱める不安定項の規則とすべきしょう。

その観点から、もう一度、新規則を整理しなおしてみます。

■IEにおける有効核電荷への調整項(他の因子によるエネルギーの不安定化)
これを$S'$と書くことにすると、イオン化エネルギーは、
$$IE = IE_H \left( \frac{Z-S-S'}{n+0.25nl} \right)^2$$
となる。ここで、Sはスレーターの規則により求められる遮蔽定数である。

$S'$は次の規則に従って求められる:
A. 着目する電子より外側の軌道の電子からは影響を受けない。
B. 着目する電子と同じ主量子数 n をもつ軌道にいる他の電子からの寄与は、
電子1つにつき 0.35 - 0.02n 。ただし、1s軌道に関しては 0.35
C. 着目する電子よりも主量子数が1小さい軌道にいる電子からの寄与は電子1個につき 0.01 とし、それよりも内側の電子の寄与は電子1個につき 0.13 とする
D. p軌道において、着目する電子がいる軌道にもう一つ電子が入っているとき(スピン量子数以外の量子数の組が同じ電子がいるとき)、0.42

こうすると、同軌道内での不安定化が0.3くらいになるので、スレーターの規則と比べても自然です。
有効核電荷はあくまで「どれだけ核が小さく(弱く)見えるか」を表すだけであって、
実際のその電子のエネルギーについて説明するパラメータではありません。
ですから、電子のエネルギーについてより正確な値がほしいときは、有効核電荷に不安定修正項を加える必要がありそうなことは想像できます。

有効核電荷は一般には同周期では番号が上がるにつれ大きくなっていきます。
それにより、安定化が望めるわけですが、実際の電子のエネルギーはというと、
それに加えて、いわば「他電子による押し出し」によるエネルギー増大が考えられます。
これを有効核電荷次元に換算した値がS'だと言えそうです。
それを踏まえて考えてみると、同主量子数からの「押出し」が大きく、
その下の主量子数からはあまり「押し出さ」れないということが推察できます。
また、p軌道において、スピン違いの電子がいるときは、大きな電子反発が起こることにより、イオン化エネルギーが下がると考えられます。

一応、実測値と理論値をArまでグラフで示しておきます。


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